Interview インタビュー
ソフトウェア開発者/有限会社サイトー企画代表
秀まるお(斉藤秀夫)氏
「秀丸」という2文字を見て即座に反応できた人はかなりのベテラン PC ユーザーか、もしくは上級(?)クラスの PC ユーザーと言うことになるかと思う。
そう、「秀丸」とはインターネット全盛期の現在よりも前の「パソコン通信時代」(パソ通時代)から "痒いところに手が届く" 数々の名作シェアウェア(+フリーウェア)を世に送り出してきた、秀まるお氏のソフトウェアブランドのことだ。今回は Realforce のヘビーユーザーとして、あの伝説のシェアウェア(+フリーウェア)作家であられる秀まるお氏をお迎えして、「プログラマー目線からのキーボードへのこだわり」について伺った。
伝説のシェアウェア作家、秀まるお(斉藤秀夫)氏のプロフィール
パソ通全盛期からインターネット全盛期を駆け抜けた自分のような人間からすると、秀まるおさんといえば「伝説のシェアウェア作家」というイメージが強く、私だけでなく読者の多くも「一体どのようなバックグラウンドをお持ちなのだろう」という興味が湧き出して止まらないと思うのです。秀まるおさんはどういった経緯で「今の秀まるおさん」になられたのでしょうか。
秀まるお氏
自分は国立福井工業高等専門学校を1988年に卒業し、その後、富士通へ就職しまして5年間勤務した後、1993年に今のサイトー企画を起業しました。一連の秀丸シリーズの初期作品たちの開発は富士通在籍時代に半分趣味のような形で行っていましたが、その後シェアウェア開発の方を本業にした、という感じですね。
当時はどのような開発環境で秀丸シリーズの開発を行っていたのでしょうか。
秀まるお氏
最初はボーランドの「Turbo Pascal」でした。当時の富士通では OS/2 を推進していましたが、その後 Windows へ移行することになり、そのタイミングで「Turbo Pascal」に触れたのがきっかけです。その後は「Borland C」を経て、マイクロソフトの「Visual Studio」の最初のバージョン(Visual Studio 97)へ行き着きました。フロッピーディスクが何十枚も入った、あのでかい箱のことは印象に残っています(笑)
秀まるおさんは、開発の際には Visual Studio などでは統合環境側のエディタを使われているのですか。やはり秀丸エディタなんでしょうか(笑)
秀まるお氏
はい。秀丸エディタです(笑) 当時のボーランド系のコンパイラは統合環境にはなっていなかったですし、Visual Studio も初期のバージョンも同様でした。なのでソースコードは秀丸エディタで書いていましたし、あの時代から存在するシェアウェアの開発に関しては基本的に今も秀丸エディタベースで書いています。
ああ、たしかに、そういう開発者も一定割合おられますね。
秀まるお氏
ただ、サーバー関連ソフトウェアなど一部のソフトウェア作品の開発に関しては C#、Visual Basic などを使っているのですが、それらの言語では統合環境内のエディタを使っています。さすがにそれらの言語ではすべてのメソッド・プロパティ・関数を暗記・把握してませんからね。統合環境内のエディタのコーディング補助機能を活用していますよ(笑)
秀丸シリーズにはいろんなジャンルの製品がありますが、それぞれの製品はどういった経緯で誕生したのでしょうか。秀まるおさんが企画を立てていく、という感じなのですか。
秀まるお氏
基本的には「自分が必要になったから、自分で作るしかない」というような状況で自発的に開発したという感じです。パソ通時代に誕生した「秀Term」はまさにそうです。また、Windows 期時代の最初期には DOS 窓で動くエディタしかなかったので、不便を感じて作ったのが「秀丸エディタ」でした。また、Windows Vista 以降の Windows では、Windows7/8/10 とバージョンアップのたびにエクスプローラの使い勝手が変わるのに不便を感じて「秀丸ファイラー」を開発しました。
「ないものは自分で作れ」のシェアウェア精神がずっと根幹になっているんですね。
秀まるお氏
そうです。一部、異なる経緯で開発されたものもあるにはあります。とある企業から「秀丸エディタを統合したメールソフトを開発したい」という提案があり許諾したのですが、その後、その企業がそのメールソフト製品のサポートを終了したため、そのソフトのユーザー達からの要望に応える形で、ソースコードの提供を受けず新規開発したのが「秀丸メール」です。なので「市場分析をして開発企画を立てる」というようなスタイルではなくて、けっこうフリースタイルで開発しています(笑)
一番売れているのはやはり秀丸エディタですか。自分も普段の原稿執筆は秀丸エディタを使っています。
秀まるお氏
ありがとうございます(笑) そうですね。たしかに秀丸エディタが一番ですね。その下は先ほどの秀丸ファイラー、秀丸メールなどですかね。秀丸メール内蔵の迷惑メールフィルタを Becky! に移植した「秀丸スパムフィルター for Becky!」もときどき売れます。あとは多くのユーティリティはフリーソフトになっているので大きな収益にはなっていません(笑)
秀Term はさすがにもう売れていませんか? 今でも業務用機器では RS-232C 機器制御に対応した製品がありますから、そうした機器制御に使っている現場はありそうですが…。
秀まるお氏
いちおう、秀Term もメンテナンスは継続してはいますが、売れるのは2〜3年に数回といった感じです(笑) 聞いたところによると、インターネットに接続せずにデータ伝送をしなければならない業務の現場で使われることがあるらしいです。
秀まるお氏のキーボードへのこだわり 〜 Realforce と出会うまで
ここからは本題のキーボード談義といきましょう。秀まるおさんはプログラマーですからキーボードへのこだわりが強いイメージがあります。まずは、秀まるおさんのキーボード遍歴(笑)を伺わせてください。
秀まるお氏
はい。富士通時代に業務で使っていた当時の PC(ワークステーション)はかなりの高級機でしたから、キーボードも相当に高品位なものが組み合わされていました。それを使い続けていた影響で、自分の中でキーボードというと「そのくらいのクオリティ」が当たり前になってしまったんです。
当時の富士通の PC のキーボード品質の高さが、秀まるおさん自身がキーボードに求める品質の「標準規格」のようになってしまったんですね。
秀まるお氏
そうなんです。だから、安価なペラペラしたキーボードはとにかく馴染めなくて。ですから富士通時代に使っていたキーボードに近い、富士通コンポーネントのテンキーレス・キーボード(FKB8769-052)を一択で使い続けていました。ただ、その後この製品が製造終了となってしまいまして。正確には、何度かオーダーが溜まると再生産が行われることもあったので、折を見て4台くらいこのキーボードを購入してストックしています。
あれ? そうしますと Realforce とはいつ巡りあうんですか(笑)
秀まるお氏
富士通コンポーネントの例のキーボードもまったく再生産もされなくなり、複数台ストックしてあっても、今後もう手に入らなくなると考えると先行きが不安になってしまいまして(笑) そこで2012年頃に、富士通コンポーネントのテンキーレス・キーボードと同等のレイアウト・品質のものを探しまくったところ、「Realforce 91U」(2022年時点で生産終了)に出会いました。Realforce 91U は、キー配列も使い勝手も文句がなかったので、2012年に巡りあって以降は Realforce 91U がメインキーボードになりました。
あれ? あれ? そうしますとストックしてある富士通コンポーネントのキーボードは?
秀まるお氏
買い溜めた富士通コンポーネントのキーボードは未だ未使用状態で温存中です(笑)
今後、ストックされている富士通コンポーネントのキーボードに活躍の機会はあるのでしょうか(笑) それはそうと、秀まるおさんはテンキーなし派なのですね。
秀まるお氏
私は基本、数字入力はメインキー側の方を使うため、テンキーはむしろ自分にとって邪魔な空間なんです。マウスは右手で使うため、右手をキーボードとマウス間で何度も往復することになります。仕事柄、この操作を延々とするわけですから、この往復距離を短く出来るテンキーなしのキーボードは自分にとっては必然なんです。この右手の往復距離短縮を突き詰めてマウスを左手で使いだした知人のプログラマがおりまして、自分も真似てみたのですが…無理でした(笑)
プログラマだと、マウスの移動操作を嫌ってトラックボールを選択する人もいますよね。
秀まるお氏
自分もキーボード中央にマウス操作用の赤いスティックの付いたトラックポイントに慣れようとして ThinkPad に挑戦した時期もありましたが、馴染めず。結局マウスカーソル操作にはマウスを使っています。
「テンキーなし」以外に、その他、キーボードのキー配列に対するこだわりはありますか。
秀まるお氏
テンキーがないキーボードは、カーソルキー、Home、End、PageUp/Down、Insert、Delete といったキーが変則レイアウトになっている製品が多いですが、自分が求めているのは「テンキーなし」の要素だけで、その他のキーレイアウトは標準レイアウトであることが絶対条件です。
海外メーカーのノート PC などでは、メインキーボードの右下あたりが異形形状・異形サイズでごちゃごちゃしていて、いうなれば「テトリス状態」になっている製品も多いですよね(笑)
秀まるお氏
安いキーボードとかノート PC のキーボードでありがちな、[Enter]キーの下あたりのレイアウトが特殊なキーボードは絶対選びません。右[Shift]の左側にカーソルキーの[↑]が食い込んでいるようなヤツがたまにありますが、使っているとカーソルが変なところに行ってしまったりしてイライラしますから。ちなみにノート PC はいくつかのメーカーの製品を購入して使ってきましたが、どれもキーボードに馴染めず普段使いの PC として使うことはありませんでした。今でもメインマシンは別体キーボードを接続したデスクトップ PC です。
Realforce の秀まるおさんが好きなところ
Realforce はキー荷重が 30g/45g/55g から選べますよね。秀まるおさんはどのタイプが好みですか。
秀まるお氏
自分はプログラマーという仕事柄[Shift]や[Ctrl]などの辺境キーを多用するわけですが、それらのキーを押すのは主に小指になります。自分が使っている Realforce 91U は小指で押すような辺境キーは軽く押せるようになっていて、この仕様が気に入っています。
変荷重モデルですね。メインキーから辺境キーにかけてキーが軽くなっていくモデルで、現行モデルにも存在しますね。
キー配列は日本語配列がお好きですか。それとも英語配列ですか。
秀まるお氏
自分は日本語配列ですね。
もしかして「かな入力」派ですか。自分も "物書き" という仕事柄、そうなんですよ。
秀まるお氏
それはたぶん… JIS 配列のかな入力ですよね。自分は富士通の新人研修時代に親指シフトをたたき込まれまして(笑) 日本語入力においては完全に「親指シフト」の人になってしまったんです。
1キーあたりに「かな文字」が2文字割り当てられていて、専用の親指シフトキーを駆使することで打ち分けるアレですね。
秀まるお氏
そうです。自分は専用の親指シフト入力シェアウェアを活用して、左右の親指シフトキーをそれぞれ[無変換][変換]に割り当ててかな入力をしています。ローマ字入力は打鍵数が多くなるので馴染めませんでした。
親指シフト入力の「かな文字」のキー割り当ては、一般的な JIS 日本語配列キーボードの「かな文字」刻印とは違いますよね。
秀まるお氏
はい。ですから一般的な JIS 日本語配列キーボードの「かな文字」刻印は全く役に立っていません(笑) ただ、日本語キーボードじゃないと親指シフトに割り当てる[無変換][変換]のキーがないですからね。なので、日本語キーボードを選択しているんです。
Realforce 91U は親指シフト入力派の秀まるおさんのお眼鏡にも不満なし、というわけですね(笑)
秀まるお氏
はい。富士通コンポーネントのキーボードの時も同じように使っていましたが、その使い心地と違和感はありません。
その他、Realforce シリーズに対して気に入っているポイントはありますか。
秀まるお氏
安価なキーボードと違って本体重量が重いのがいいですね。打鍵していてキーボードがパタパタと動いてしまうこともないですし、入力中の安定感は気に入っています。
接続タイプはどれがお好みですか。
Realforce は、有線接続モデルの他に無線と有線の両方の接続方式に対応したハイブリッドモデルがラインナップされていますが。
秀まるお氏
断然、有線ですね。バッテリーが切れていることに気が付いたときの無念さがやるせなくて(笑) ちなみにマウスも有線接続タイプを使います。
色とかはどうですか。Realforce は白モデル・黒モデルが存在しますし、最近のモデル向けには、キートップの色を変更するアクセサリーも発売されました。
秀まるお氏
色はこだわりはないです(笑) 白ボディのキーボードばかりを使ってきましたけど、黒しかなければそれでもいいですし。ちゃんと使えればそれで十分です。
気分でキーボードを買い替えたり使い分ける…みたいなことはされない感じですか。
秀まるお氏
しないですね。Realforce 91U はその出会い以来、気に入って使い続けてはいますが、これ、2012年に購入して以来全く壊れないんで、インタビューを受けておいてなんですけれど自分が所有している Realforce はこれだけなんですよ(笑) そういえば、この Realforce 91U …10年以上使い続けていますが、キートップの刻印が消えないのはなかなか凄いと思いました。
キートップの素材は高耐久の PBT(ポリブチレンテレフタレート)が採用されていて、その文字刻印も昇華型インクで樹脂繊維に深く熱定着させているため、キートップの文字刻印はかなり長持ちしますよね。
そうですか。すると秀まるおさんが次の Realforce を手にするまではまだ少し時間が掛かるかもしれませんね。東プレさんにとってはとても長くご愛顧いただけて光栄な気持ちが半分、なかなか新モデルに触れてもらえない "もどかしさ" がもう半分といったところですかね(笑)
今回は、ありがとうございました!